雑感想「神の子どもたちはみな踊る」

 村上春樹の短編集を読んだので、いつにもまして雑な感想を書き並べることにする。

 最初は「UFOが釧路に降りる」から始まる。読み終わった時「は?」って感じのする話。何も起こらなかった。男が離婚して、傷心を癒すために釧路に向かい、女とホテルに泊まる。けれども、興奮できない。という、それだけの話。なんだこれは。打ち切り漫画より筋が通らない。好意的に解釈するなら、話の筋はまったく意味がなくて、話を構成しているパーツを眺めて楽しんでね、という狙いがあるのかもしれない。

 出鼻をくじかれたけれども、気を取り直して次の話「アイロンのある風景」安心。大丈夫これなら読める。むしろ好きだ。何が好きかって、焚き火の話をするところ。木を集めて火をつけるという、それだけの行為に秘められた特別さ。暖を取るとか、ゴミを燃やすとか、そういうことじゃない、かすかな特別。人が目を向けないものとじっくり向き合って、何かを引き出そうとする行為が、とても良い。

 次はタイトル回収の「神の子どもたちはみな踊る」これは、なんというのか、刺激が強い。いきなり、美人の母親が宗教に入ってもてはやされて、父親は不明。子供の方も母親に欲情して、それを抑えるためにセックスフレンドを探している。おちんちんが大きい、みたいなフレーズを惜しげもなく投入してくる。一歩間違ったらただの下劣な話になりそうなんだけども、それが不思議なもので、いつの間にか爽やかな方向へ収束している。凄い。

 後半を開くのは「タイランド」これは良い話だったと思う。三十歳くらいの女医がタイに行って、特別な運転手に出会う。死産でいろんな深い後悔と苦しみを抱えて生きている人が、紳士的な謎めいた運転手に導かれて、ゆるやかに立ち上がるという感じ。神秘的で、励まし力の高い作品。スピリチュアルやね。

 次も励まし力の高い「かえるくん、東京を救う」悪くない感じ。家に帰るといきなりカエルがいて「ぼくが東京を救うので、あなたはどうか僕を応援してください」みたいな感じのことを話す。何が良いかって、丁寧に「貴方が必要だ」と言ってくれるのが、ただ単純に嬉しい。「あなたが影でがんばっているのは知っています」みたいな頼み方をされたら嬉しいだろうね、本当に。という、それ以上のことはあんまりなにもなかった。でも、その暖かみは心に響く。

 最後の締めは「蜂蜜パイ」大学生のときからの友人関係だった三人なんだけれども、男女男だったために、ペアが出来てはじき出された主人公。売れない小説を書きながら希薄に生きている。その後ペアは離婚し、三角関係が動き始める。という昼ドラみたいな物語。「お前不幸ヅラしてるけど幸せやんけクソが」みたいな感じの嫉妬心をかきたてられた。そこに描かれる素直じゃない関係の幸せ、みたいものが光を放っていて、眩しくて溶けてしまいそう。

 まとめ。読む前に「この作品は阪神淡路大地震をテーマにしてなんたらかんたら」というレビューを見たせいで、少し身構えていたのだけれども、実際読んでみると震災、全然関係なかった。まあ、それは読みが浅いだけで、本当は深い何かがあるのかもしれない。でも、書かれてないことを読み解こうなんてのは、よほどの暇人しかやらないんではないかね。という皮肉はさておき、思ったよりもずっと楽しめた。短編集というのは、色々な話が詰まっているので、少なくとも一つくらいは好きだといえる作品が見つかる。今回で言うなら「アイロンのある風景」が一番好きだったかもしれない。でも、他の話も全く嫌いということはなく、どれも「ああこれは」と感じさせる部分はあったと思う。なんだ適当な感想だな…。とにかく、しばらく読むのことのなかった「村上春樹の作品って、こんなの」が言える材料を手に入れた感じがして、そういう良さを吸い取っていきたいと思う。

 余談。むかし村上春樹を何冊か読んだ時に「なんでこの人、勃起とかセックスとか唐突に出してくるの?」と思っていたけれども、やっぱりこの本を読んでも同じ印象があった。で、改めて考えてみると、それってやっぱりエンターテイメントなんだろうなと思う。性というのは普遍的に興味を引くものだから。ただ、村上春樹が特殊なのは、そういう性を日常に溶かし込もうとしているところかもしれない。自然体でいきなりエロいフレーズを使っていく、みたいなこと。逆に言うと、性に関することって、何で忌避されるのかって言いたいのかもしれない。