創作の糸口

 あれから冗談みたいな雪が降り続いて、道路も屋根も真っ白に染まった。氷の結晶が車のガラスに張り付いている。滑って尻餅をついた。素手で雪に手をついたら、痺れるような冷たさだった。そんな寒さが収まってきた頃、何かを作ろうと決めた。何度もくじけているから、決意と呼べるほどのものではない。忘れた頃にぶり返す持病みたいなものだ。とはいえ、ひとまず用意した白紙のノートを目の前にして、さて何から始めようか、ということを考える。糸口は、いくつかある。

 一つ目は、「馬鹿野郎」から始める方法。言い換えると、不満や怒りなど負の感情から辿っていく方法。たとえば昔、僕の父親は飲んだくれて大声を出したり、襖に穴を開けたりしていた。それが幼い自分にとっては恐ろしく、成長してからは忌々しく思った。絶対にこんな人間にはなるまいと強く思った。そういうとき、自分の正しさを主張したくなる。それを物語の発端にしよう。

 父を思い切りなじって、改心させるにはどうすれば良いか。これを課題とする。課題が決まると、その解決策を考え始める。答えを導くには詳しく課題を分析する必要があるだろう。なぜ酒を飲むのか。暴れる人と暴れない人がいるのはなぜか。暴れているということを自覚しているのか。医者の見解はどうか。同じような家庭はあるのか。物に振るう暴力と人に振るう暴力の違いは何か。飲む側の主張は何か。いくつかの話題があふれてくる。それらを握り固めて味付けをすれば、なにかそれらしい物語ができるだろう。

 二つ目は「既に面白い」から始める方法。昆虫、海洋生物、遺跡、有名人、趣味などを中心に据える。たとえば、マンボウについて。見た目が既に、面白い。何を食べてるのか。なんで平たいのか。天敵やライバルはいるのか。身体の中身はどうなってるのか。その細部を勝手に思い描く。なにせ、既に面白いので、書くことがなくて困ることはないだろう。それでも、ありふれているように思われるなら、少し面白い嘘を加えてみる。空を飛ばすとか、サイズをミクロにするとか、あるいはもっと大きくするとか、石の皮膚を持つとか、人語を理解するとか。

 面白い存在。そこに導くのを課題にする。鯨サイズで石の皮膚を持っているマンボウを登場させるにはどうしたら良いか考えてみよう。鯨サイズということは天敵が存在しないということだ。石の皮膚は過酷な環境から身を守るためだろう。たとえば砂嵐のような細かい粒が飛び交っている場所に生息しているのだ。そんな砂嵐の出るような地方には食べ物はほとんど無さそうだ。だから、ほとんど冬眠していて、光合成のような手段でエネルギーを得ているのかもしれない。寝ぼけた感じがマンボウに似合いそうだ。こんな雑な連想ゲームでも、まあ少しは舞台らしきものが姿を作り始める。そこで何が起きるのかはわからないが、既に面白い存在があるので、何かが動くだろう。

 こうして糸口を考えていくと、僕の場合は、何かを狙ってそこにたどり着くために物語を作る、という考え方をしているようだ。上では二種類しか挙げなかったけれど、それは願望だったり、苦しみを克服することだったり、何かを模倣することだったり、現実問題の置き換えだったりする。これと相反するやり方もあるだろう。どこへも行こうとしていない物語。ゴールは一切定めないが、とりあえず面白い方に転がしてみる、というアドリブ走法。夢のような脈絡のない物語。ずっと昔にはそういうやり方をしたこともある。

 古道具を取り出して悦に入ったところで、次は足場を作ってみようか。