東京

一週間近く、東京行くことになった。

初めて出勤した本社は、気後れするほど綺麗で、新しかった。エントランスは、何かのイベントホールみたいに広く、天井が高い。エレベーターも広々としているし、全部で十八基も稼働している。休憩用のスペースはカフェみたいな様子で観葉植物が活けてあり、洒落た音楽が流れている。小さな会議スペースが無数にあり、そのすべてにタブレット端末が備え付けられている。ずいぶんモダンなオフィスだ。

けれどだからこそ、居心地の悪さも感じてしまう。似合わない服を着ているみたいな、場違いな気がしてしまうのだった。

さらにここ二日間は修学旅行みたいなイベントがあって、箱根の宿にこもってプログラミングをしていた。ここも環境はすばらしくよかったけれど、同室のメンバーと面識がなく、ぎこちなさを拭い去ることができなかった。宴会が始まったあとも、一時間足らずで席を離れ、早々に眠ってしまった。人とのコミュニケーションに関しては、ある程度の演技力が身についたと思うけれど、ときどきしんどい。

プログラミングの成果はあったし、食事もおいしかった。全体としては、よい環境で、よい体験をできたはずなのだけれど、百点を出せない。心から満たされない感覚がある。他の人と比べているからかもしれない。いずれにしても、箱根は終わり、すべてのイベントは消化した。残り時間で観光する時間を確保したつもりだったが、その元気はない。今はただ帰りたい。

ホテルをチェックアウトしてすぐバスに乗り、空港へ向かう。見慣れない街を抜けて、空港へ降り立った。トランクを預けたら、搭乗までやることはない。時計を見ると六時間以上の余裕があった。

空港の中をふらふらと歩きまわってみたが、目を引くものは見つからなかった。くつろげる場所を探して、狭い道を歩くと、喫茶店が見つかった。窓際の席には電源があるし、広い窓に面していて見通しがよい。外で飛行機がゆっくりと動いているのを見下ろすことができる。広い空と滑走路を挟んで、遠くの街並みが水平線をなしている。しばらく居座ることを決めて、ノートパソコンを広げた。

日記を書くのに没頭している間に、喫茶店は騒がしくなっていた。いつの間にか、若い男女が隣の席に座っている。窓の外を指さして、あの飛行機はこういう機種だとか、ちいさくて形が可愛いとか、楽しそうに言葉を交わしている。空港デートなのかもしれない。

二時間が過ぎた。二人は別れ際に、帰りたくないねと声を掛け合っていた。そんな言葉が妙に胸に響いて、羨ましく思えた。東京では、帰りたくないねと心から言える時間を過ごせなかった。いつも翳がさしている。

空席は十分もたたないうちに埋まった。言葉のままならない幼児を抱いた母親が来た。それから、夢中でおしゃべりしている二人の婦人が座った。電話で商談をしているビジネスマンもいた。色々な人が座って、去っていく。一角が慌ただしく変化していく中で、ただ僕は取り残されている。いや、時間だ。氷が溶け味の変わってしまったコーヒーを空にして、席を立った。