最終回になりかねない物言い

なぜだか気分が沈みがちで、あまり頭が働いていない。自分からなにか行動を起こそうという気力が枯れて、嘘のようにやる気が無くなっている。自分で自分に幻滅しているのだと思う。というのは、こうして文章を書いているのが息苦しいからだ。言葉と戯れるような気楽さはなく、心を見つめる真面目さもない。

余暇は延々とゲームに費やしていて、なにか罪深い生き物になったような気がする。自分のどこかから、それでいいんだよという声も聞こえる。休日好きなことをして、好きなように生きて最高じゃないかと。何が問題なのかと。

ふざけるなと言いたい。本気でそんなことを言っているのか。100%他人事の同情じゃないか。望んでそういう人間になったわけじゃない。他に楽しいことが無かったからゲームをしているだけだし、もし心がそう望むならまた文章を書きたい。何かを成し遂げたい。心の支えになるようなものが欲しい。

そういう性根、もっと澱んだ打ち明けがたいもの。それを口にだすことができず、会話が上滑りするのがもどかしい。そういう上の空なので、閉店間際のデパートみたいに静々と働いていて、おそらくたぶん熱がない。それが、皆の癪に障るのではないかというのが怖い。

不安は夜に解けて夢に来る。頭をおかしくする。それを和らげる秘訣は心得ている。大丈夫。なにもないという一言。無責任極まる他人の言葉。このような魔法の言葉はしかしそれでいて正しい。腹ただしいことに、明日が来れば、何もないし大丈夫なのだ。当たり前のように出社して、働いて、帰宅して終わりだ。

まさにその無力感。心の宿らない物言いが事実になってしまう悔しさ。あなたはべつに悩んでなんかいないし楽しく生きてるでしょう。何が不満なの。と笑われて何ら反論するところのない事実。安穏と生きて、飲み込んで、でもどこかではちくしょうと叫ばずにはいられないのが現状。癇癪持ちのような不可解な感情の発露はつまり、そういうことだと思ってほしい。

まとまらない日常とノイズ

  • 寝癖のついた頭で歯ブラシをこすっている。洗面所に来た彼女が、何か声をかけてくれた。返事をしようとしたら、言葉にならない泡を吹いて。思わず二人とも笑った。(もちろん、そんな事実はない。妄想である)
  • 鏡も見ないで着の身着のまま家を飛び出し、田舎へ向かう電車に乗った。国立博物館への案内を聞き流して、何もない駅で降りる。真っ先にぼろぼろの建物が迎える。コンクリートが剥がれて剥き出しの鉄筋が覗いている。天候は曇天、晴れを見たのが一体何日前なのかというほど、太陽はぐずついて二度寝三度寝を繰り返している。
  • 猫にとって、接待の時間は5分ほど。それ以上の時間はもらえなかった。
  • 車のエンジンをかけると、入れっぱなしになっていたCDから、時代がかった曲が流れてきた。しかし、歌い出しの数小節を聞いただけで、母はボリュームを絞る。もう、CDなんて捨ててしまったから、これしか残っていなくてね。もう嫌になるくらい聞いたのよ。
  • ピンボケ状態で歩く。車と人を避けて大通りから1つ外れた道を歩く。スラムのように落書きと汚れ、埃に満ちている。駐車場の「空」という字が目を引いて。苛立ち混じりのクラクションで我に帰る。蝉が遠くで鳴いている夕暮れ時だった。階段を登り、自室の鍵を回す。薄っすら滲む汗を拭い、自らの心拍を確かめたあと、水道水を飲んだ。
  • 朝食を抜いてきたので何か口に入れたかった。しかし、まだ正午まで一時間もある。手頃な店は、どこもかしこも準備中の看板を下げている。あてもなくさまよった末に、カレー屋に辿り着いた。地図を見なかったら絶対に見つけられなかっただろう。薄暗く、狭い路地の奥にあった。こんな時間だというのに、行列ができている。蔦に覆われたアパートを改造した店だった。前に並んでいる男女が、記念の顔出しパネルを手にとって写真撮影に興じていた。ほどなくして店内へ導かれた。乾燥させたハーブを詰め込んだ瓶がいくつも並んでいる。店員たちは忙しなく働いている。店長だろうか。キャップを後ろ向きに被った髭の男性がカレーを運んできた。スチールの皿の上に丸く盛られた細長い米。これをスプーンで崩してカレーに浸しながら食べる。口に含むと舌に痺れを感じる。時折ナッツの軽い食感。やがて滝のように汗が噴き出してきた。次の客が並んでいるため、汗が引くまでのんびりしているわけにもいかない。店を出たが、やはり汗が気になる。とにかくどこでも良いので涼みたかった。すぐ近くのスーパーが開いているのを見て、すぐさま足を運んだ。店頭には両手に収まらないほどの大きな西瓜が並んでいる。値札は3000円。一人者には絶対に必要のない代物だ。しかし、これを持ち帰った家族もあるのだろう。ぽっかり隙間が空いている。西瓜を食べたのはいつだろう。遠く感じられるほど過去の話だ。落ち着かない気持ちで、ポケットの中のキーをもてあそぶ。
  • 遺骨を海に撒いてくれという願いを聞き届けるために、旅をするのであろう。

夏の断片

  • 週末は実家に帰り、道すがら花火を見た。夏のごとき行い。
  • 民家の隙間から見る花火は、わずか数秒の中に、赤や黄色オレンジに緑の色を尽くしている。最後は重力に引っ張られて下向きに火が落ちる。鮮やかな。明るい色。大玉が打ち上がる。音が遅れてやってきて、そうか稲妻と同じだと気がついた。近くの雲が花火の色をもらって、少しばかりネオンカラーに色づいて見えた。
  • 日が暮れる頃、電車で座っていると、若い女性四人組が乗り込んできた。みな違った彩りの浴衣を着こなしている。中でも鮮やかな藍染の浴衣に目がいった。菖蒲の花びらと、青い金魚が描かれている。二秒も視線を奪われた。衣類がその人となりを表しているとは思えないが、こんな人がそばに居てくれたらという錯覚をみた。すぐに視線を切って、それきり記憶から消した。
  • 普段行かない店へ行く。頼んだ料理はチキンにチーズをのせ、バジルソースをかけて焦げ目がつくようにオーブンで焼いたもの。カボチャのマッシュサラダ。輪切りのレモンが清涼感。カウンターのお姉さんが、夜映画を観に行く相談をしていた。籠にはみずみずしいレモン。
  • 深夜に冷蔵庫を開けて、残しておいたシュークリームを持ってくる。かぶりつくと中に詰まったクリームがはみ出してしまった。誰も見ていないのをいいことに、こぼれたクリームをなめとる。滑らかで、甘い。
  • 咳が止まらず、ほとんど眠れなかった。昼過ぎには家を出て駅まで車を出してもらった。住宅と田畑が途切れ途切れですっきりしない風景。水田の近くでたむろしていたトンボが散っていく。
  • 最寄駅の待合室は、空席が目立った。空調が効きすぎるほど効いていてありがたい。幼い姉妹と両親がやってきた。ピンクのボーダーカラーのドレス。腰には大きなリボン。パールのネックレス。ヘアバンドにはカーネーションの花飾り。妹はバレエシューズのような平たい靴を、姉は黒く艶のあるかかとの高い靴を履いている。なにかのパーティーに出席するのかもしれない。

彼方のアストラ

アニメ、彼方のアストラを六話までみた。 故郷を遠く離れた宇宙に放り出された若者たちが惑星を旅する話。爽やかで、楽しそうだなと思う。青春、冒険、成長、そして空想科学。古典的なよさがある。それから特別感じるのは、いろんな出来事が理路整然としている、ということだ。AならばBと言う因果関係がすごく明示されていて、わかりやすい。様々なことに理由が提示されるので納得感がある。けれど、整いすぎていると言う違和感をも生んでいる。手頃なトラブルが、一定の解法を携えて降ってくる。種々の災いは、無茶なように見えて、いるべき人がそこにいて、しかるべき時に降ってくる。まるで、神が与えた試練のように。解法はそこにある。だからこそ爽やかで、すっきりするのだが、けれど何か、特別の感情が湧いてこない。たとえ仲間の一人が裏切り、銃を手に取ったとしても、最悪は訪れないだろう。胸の内で確信している。この物語は決して裏切らない。息がつまり、胸が苦しくなるような結末は決してない。そう思う。きっと彼らは、 作者の優しさに包まれている。子を守る親のような愛情のようなベールに守られている。大切に作られたストーリーなのだろうと推測できる。しかるべき姿だと思う。けれど邪悪な私にとっては、それが玉に瑕のように思える。生きるのはもっと泥臭く、退屈で、凄惨で、容赦ないことなんだ。と、知った風なことを思う。それは願望かもしれない。自分が苦しんだことと同等かそれ以上の苦しみをすべての人に味わってほしい。そうして分かち合いたいという。心が不公平だと喚いている。

キャストアウェイ

飛行機が落ちて、無人島に遭難した男の話。

最後ふんわりしていてよくわからなかったけど、面白かった。ただくだらないことを言うなら、無人島で生きていくのはもっとずっと困難なことだと思う。というのはディスカバリーチャンネルでそういう企画やっている人のドキュメンタリーを観たから。栄養が全然足りなくてもっと痩せる。ココナッツはなかなか育たないのですぐ尽きる。最初の数日で火起こしできなかったら死んでる。きっと四年も生きられない。虫とか熱射病にもっと悩まされるはず。寝床とかももっと環境よくする必要がある。とかそんなしょうもない違和感があった。

So now I know what I have to do. I have to keep breathing. And tomorrow the sun will rise, and who knows what the tide will bring in.

息をし続ける。その言葉が胸を打つんだけど、それだけを聞くととてもバカっぽい。そりゃ生きてれば息をする。難しくもない。誰だってそうしてる。小学生のやりとりみたい。けれど、何年も孤独に生き続けて、心の拠り所だった彼女とも別れて、そういう袋小路にやってきて呟く言葉だからとても意味があるというか。壮絶な体験の中で擦り切れてもういいやってなりそうなところなんだけど、生きていきます。と、それは諦めなのかな。生きてくしか無いよね。不幸でも辛くてもしょうがない。どうしようもない。ということ? いや、どんなに辛くとも何が起こるかわからない。希望の種はある。ということ? わからないけれど、励まされているような気がする。

自動書記でお送りします

1日を終えて布団に入った。眠りたくは無い。まだ何も楽しいことがない。もっと楽しいことがないと眠れない。Twitterを開く。つまらない。津田大介のニュースで退屈を紛らわせるが下衆な喜びを感じる。嫌いな人が叩かれている様を見て喜んでいる。それだけだ。邪悪だ。品がない。自分を諫める。そういうことじゃなくて心が躍るような事は無いかな。胸が熱くなるような事は無いかな。いや、急に何を言っているんだ俺は。めちゃくちゃな要求だ。求めすぎている。愚かすぎる。貪欲すぎる。傲慢すぎる。もっとささやかなことに目を向けるべきだ。もっと一つ一つを大切にするべきだ。心が肥えて太っている。いや、肉体的にもだ。馬鹿みたいに食べ過ぎたり、真夜中にお菓子を食べたりして欲望に歯止めがきかなくなっている。喜びを感じる感性が麻痺している。何でもいいんだ。好きなものをまっすぐに見なくては。例えば、ぬるい水道水の中に冷たい氷を落としたときに聞こえる音。氷が溶ける音なのか、あるいは氷に閉じ込められた空気が逃げ出していく音なのか、わからない。わからないけれど、その音に耳をすます。その瞬間感じている事は奇妙な喜びだ。自分だけが知っているような秘密の音。そんな気がしている。何かが縮むような絞り出すような音だ。それをコップに耳をあてて聞いている。全く意味は無い。心地よい音ではない。けれどそれをちょっぴり楽しみにしている自分を否定できない。きっと誰かに自慢したい。氷が溶ける音を知ってるかい。そんなふうに切り出したい。風呂に入ったことを覚えているだろうか。今日は珍しく風呂掃除をしたね。排水溝に詰まった髪の毛と、石鹸のかすが絡まりあってグロテスクだった。もとが石鹸だから不潔でもないのかな。そんなことを考えたけれど、ベタベタしていて汚いのは間違いないな、って思い直した。そのグロテスクな塊を取り除いただけではまだべたつきが取れなかったから、しかたなくスポンジを手に取った。力任せに擦ってみれば、あっさりきれいになった。その時喜びを多分感じていたんだな。わざわざ口にしたりはしないけれど。あーきれいになったな。そう感じた。よくやったな。自分を褒めていた。それって本当は楽しいことなんじゃないかな。喜びだと言っていいんじゃないかな。見逃していた。そういうこと。多分、自分が小学生だったら絶対自慢していた。学校で会う仲間とかに。いや、「とか」じゃないな。他に話し相手なんていない。まぁいいだろう。ともかく何気ないことを、何気なくさらさらとアウトプットしていた日常があったはずだ。それが今ないから自分の日常をほとんど無視していてしまっているのだろう。話すことの中に喜びを見いだす。そういう性質があったなんて意外に感じる。普段話したがらないくせに。いや、そうだな。それはわかる。説明できる。こういう何気ない話をするには、何気ない関係を作らなきゃいけない。例えば、同じ家で過ごす家族だったり、学校で出会う友人だったり。会社でそういう人がいないんだな。日常の中にそういう人がいないんだな。1人で暮らすようになってから転職をしてからそういう風になった。意識してそういう存在を作らなきゃいけないんだと思う。話すことを楽しみたいならね。でもそれがどうも得意じゃない。理由がないのに話しかけるっていうのができない。だから話しかけて欲しいんだけど、まぁ話しかけられたって急にはなかなかうまくいかないね。だから話をする代わりにこうやってバリバリと書き出していけばいいんじゃないかな。そういう気がした。この結果、気持ちよく眠れそう、とまでは行かないが、虚ろだった一日が何かで満たされるような気がするんだ。こうして話してみるとね。

アコヤツタヱ

寝る前に、佐藤将のアコヤツタヱという漫画を読んだ。全部で三巻。古代の村で起きた戦争の話だ。アコヤという鍛冶屋の娘が、戦いに巻き込まれひどい目に会う。それでも強かに生き抜いていく…という話かと思ったらそうでもなかった。最後はブラックな部分が全開で、壮絶に弾けて、めちゃくちゃなまま終わってしまった。たぶん打ち切りだったんだと思う。アマゾンレビューでは星5ばかりだったけど、さすがにそれは過大評価だと思う。パワフルで引き込まれる部分はあったけど、名作だとは思えない。

このお話がどうなってほしかったのだろうか。何を期待しながら読んでいたのだろうか。そんなことを自問しながら布団に入った。思うに、不幸せな動乱の中で足掻く話が好きだけれど、まだもっと激しく燃えることができたのではないか、というところが消化不良なのだろう。アコヤは結局、無力だった。周りに振り回されて、いいようにされてしまった。そのあたりが、理不尽で哀れだった。納得できなかった。

やはり熟睡できない。明るくなってきた頃に限界が来て、やっと眠りに落ちた。

目を覚ますと、午後四時だった。さすがに酷いなと思って笑えた。鼻水が出ている。エアコンが効きすぎていたようだ。

近頃外食ばかりしていたので、台所に立つと決めていた。昨日買っておいた細切れ肉を焼いて、その上に麻婆豆腐の素をぶちまけた。最後にサイコロ状に切った木綿豆腐を投げ入れる。それが、自分に作れる一番まともな料理だった。

どんぶりいっぱいの麻婆丼を食べながら、タイムラインを眺めた。障害者が国会議員として当選した話。生活保護で支給されたお金をパチンコに使うことの是非。SNSで誹謗中傷を受けた人が裁判を起こした話。甲子園のエースを休ませた結果、試合に破れた監督の話。天気の子を観た人の感想。

それぞれが一つのテーマになりそうなのに、関心は中の下。すべてが他人事だった。しょうもない日曜日を過ごしている。土曜日はゲームばかりしていたから、今日はゲームはしないつもりだ。やることがない状態を作ることで無理やり自分が文章を書くように働きかけている。