苦手なもの:街

 少し用事があって、一人で街の中央に遠出することになった。グーグルマップを開いて、目的地を検索する。職場から一駅離れた場所だということがわかった。それなら多分行けるだろう。

 前準備はそれだけで、当日になった。すると、かなり緊張して血の気が引いた。小便を漏らすんじゃないかというくらいの状態で歩いた。それでも、どうにか目的地までついて、用事を終わらせた。ほっと一息ついて足を休める。ただ街を歩いただけなのに、言いようのない寂しさを感じた。

 それはたぶん、何も知らない自分を思い知らされたからだ。わずか一駅離れただけなのに、何も知らない。綺麗な店。高いビル。光る看板。きらびやかなものが、ものすごい密度で、把握できないほどの施設が集中している。歩いても歩いても立ち並ぶ。目眩がしそうなその中を、周りの人達はすいすいと歩いていく。

 彼らにとってはそこが居場所なんだと思った。そこに、言いようのない溝を感じる。ふいに、友人から一報が届く。「こういうレストランに行ったよ」とそれだけの話しだった。良かったねと適当に返事をしながら、添付された地図を開いた。ここから一駅くらい離れた店からだった。こんなに近くなのに、わからない。ああやはり、自分は何も知らないのだ、と立ち竦んだ。地図アプリが気を利かせて、他のレストランを提案してくる。そのまま任せてみると、 画面が窮屈になるほど候補が出てきた。知らないものばかりだ。地図を縮小してみれば、さらに知らないものだらけになる。少し北の方を眺めてみる。色々なお店や観光地が流れていく。

 とてつもなく寂しい気持ちがした。ただひとつの街でさえ、知るに及ばない。日本でさえ果てしなく広い。世界を見る気にもなれない。自分は、圧倒的に小さな生き物にすぎない。外に出る気概もない。旅人の話を聞いて、遠くへ思いを馳せることはあるけれど、そういう自分に同じ経験ができるのか。圧倒的に生き方に違いがあるという事に気がついて、無性に寂しくなった。